法人分割とは、会社法で定められた組織再編行為の一つで、ある会社がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を、新しく設立する会社(新設分割)または既存の他の会社(吸収分割)に承継させることを指します。

この仕組みを利用して不動産を売却する具体的な流れは以下のようになります。

  1. 不動産関連事業・資産の切り出し(会社分割)
    • 方法1:吸収分割 親会社が所有する不動産関連事業(不動産そのものも含む)を、既存の子会社やグループ内の別の会社に承継させます。
    • 方法2:新設分割 親会社が所有する不動産関連事業を、新たに設立する会社に承継させます。この新設会社には、売却したい不動産のみを移転させることが一般的です。
  2. 分割会社の売却(M&A) 不動産が移転された子会社(吸収分割の場合)または新設会社(新設分割の場合)の株式を、第三者である買い手に売却します。

これにより、買い手は不動産を直接購入するのではなく、不動産を所有する会社を購入する形になります。

なぜこの方法を選ぶのか?

法人分割を通じて不動産を売却するメリットは多岐にわたります。

  • 税務上のメリット:
    • 売り手側: 不動産そのものを売却するよりも、株式を譲渡する方が税率が低くなる可能性があります(特に法人税、不動産譲渡益課税との比較)。
    • 買い手側: 不動産取得税や登録免許税といった不動産直接取引にかかる税金が不要になるケースがあります。不動産の所有権移転登記が発生しないためです。
  • 事業の切り離しと集中: 本業と関係ない不動産を切り離すことで、経営資源を本業に集中させることができます。
  • 負債・リスクの分離: 売却したい不動産に紐づく負債や、将来的なリスク(例えば、老朽化による修繕費用など)を、分割先の会社に移転させることで、売却元の会社のリスクを軽減できます。
  • スムーズな事業承継: 特定の不動産だけを後継者に承継させたい場合などにも利用できます。
  • ノンコア事業の売却: 本業とは関係ないが、含み益がある不動産などを、本業に影響を与えずに売却したい場合に有効です。

注意点・デメリット

法人分割を伴う不動産売却は、メリットが大きい一方で、いくつかの注意点やデメリットもあります。

  • 手続きの複雑性: 会社法に基づく組織再編行為であるため、株主総会の承認、債権者保護手続き、税務上の届出など、通常のM&Aよりも手続きが複雑で時間がかかります。
  • 専門知識の必要性: 税務、法務、会計に関する高度な専門知識が不可欠です。弁護士、税理士、M&A仲介会社などの専門家の協力なしには進めることは困難です。
  • デューデリジェンスの範囲: 買い手は、不動産だけでなく、分割先の会社全体のデューデリジェンス(詳細な調査)を行う必要があります。これには、不動産以外の簿外債務や偶発債務、過去の履歴なども含まれるため、調査範囲が広くなります。
  • 買い手の限定: 不動産だけでなく会社ごと購入するため、通常の不動産投資家よりも、事業投資の視点も持つ買い手が対象となります。
  • 分割要件と課税関係: 会社分割には、税制適格要件があり、これを満たさない場合は、移転する資産(不動産)に対して課税される可能性があります。この税制適格要件の判断は非常に重要です。
  • 株主への影響: 会社分割は株主にも影響を与えるため、十分な説明と理解を得る必要があります。

まとめ

法人を分割して不動産を売却する手法は、税務メリットや事業の効率化を図る上で非常に有効な手段です。
しかし、その複雑さから専門知識と慎重な計画が求められます。
検討される場合は、必ず早い段階で税理士、弁護士、不動産M&Aパートナーズにご相談ください。

投稿者プロフィール

井上 貴文
井上 貴文
代表取締役 CEO
滋賀大学卒業後、大手メガバンクを経て地方銀行で支店長、本店営業第一部長、法人業務部長兼地方創生支援室長等を歴任、退職後に不動産保有法人を設立、M&Aによる売却と購入を経験。
神戸大学大学院経営学研究科修了(MBA)
神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)
専門は中小企業金融 / 日本金融学会会員 / 宅地建物取引士