不動産M&Aのリスクを理解し、適切な対策を講じるために
不動産M&Aは、通常の不動産売買とは一線を画し、不動産そのものではなく、その不動産を保有する「会社」を対象とします。この特性ゆえに、一般的な不動産取引にはない、特有のリスクが潜んでいます。しかし、これらのリスクを事前に理解し、適切な対策を講じることで、M&Aの成功確率は格段に高まります。
今回は、不動産M&Aを検討されている売り手様・買い手様双方に知っていただきたい、主なリスクとその対策について詳しく解説いたします。
1. 簿外債務・偶発債務のリスク(買い手側)
不動産を所有する会社を丸ごと買収するということは、その会社が抱える不動産以外の負債や、表面化していない潜在的なリスクも引き継ぐ可能性があるということです。例えば、過去の未払給与や未払残業代、滞納税金、係争中の訴訟、環境汚染問題、あるいは担保設定の不備などがこれに該当します。これらの簿外債務や偶発債務は、M&A後に予期せぬ経済的負担となる可能性があります。
対策:
- 徹底したデューデリジェンス(DD): 財務、法務、税務、事業など、多岐にわたる分野で詳細な調査を実施することが最も重要です。公認会計士、弁護士、税理士といった専門家に依頼し、隠れたリスクを洗い出すことが不可欠です。
- 表明保証条項・補償条項の設定: 最終契約書には、売り手が開示した情報が真実かつ正確であることを保証する「表明保証条項」を盛り込みます。万が一、表明保証違反があった場合には、売り手が買い手に対して損害賠償を負う「補償条項」を設定することで、リスクをヘッジします。
- エスクローアカウントの活用: 買収対価の一部を一定期間、第三者機関(エスクロー)に預けておく手法です。これにより、将来的にリスクが顕在化した場合の賠償費用に充当できるため、買い手側の安心材料となります。
2. 不動産固有のリスク(買い手側)
会社を通じて不動産を取得する場合でも、不動産そのものに起因するリスクは依然として存在します。
- 物理的瑕疵: 建物の老朽化、構造上の欠陥、アスベストの有無、土壌汚染、水漏れなどが挙げられます。
- 法的瑕疵: 建築基準法、都市計画法、消防法などの法令違反、隣地との越境問題、通行地役権などの権利関係の不明確さ、賃貸借契約の内容などが含まれます。
- 環境リスク: ハザードマップ上の災害リスクや、周辺環境による騒音・悪臭なども考慮すべき点です。
- 心理的瑕疵: 過去の事件・事故(自殺や殺人など)の有無も、不動産価値に影響を与える可能性があります。
対策:
- 不動産デューデリジェンスの専門家による調査: 不動産鑑定士、建築士、弁護士など、不動産に特化した専門家による詳細な調査を依頼し、物件のあらゆる側面からリスクを評価します。
- 現地調査・物件資料の徹底確認: 物件の現況を直接確認するだけでなく、登記簿謄本、建築確認済証、検査済証、重要事項説明書、賃貸借契約書などの関連資料を綿密に確認することが重要です。
- 特約条項の設定: 契約不適合責任(旧瑕疵担保責任)に関する期間や範囲を具体的に設定し、売買価格にリスク分を適切に反映させる交渉を行います。
3. 税務上のリスク(売り手・買い手双方)
会社分割やM&Aには、税制適格要件をはじめとする様々な税務ルールが適用されます。これらを誤解したり、適切に対応しなかったりすると、予期せぬ高額な税金が発生する可能性があります。
- 非適格分割による課税: 特に会社分割を伴う場合、税制適格要件を満たさないと、高額な法人税や、株主に対して「みなし配当課税」が発生する可能性があります。
- 繰越欠損金の引き継ぎ制限: 買い手側が対象会社の持つ繰越欠損金を引き継いで利用しようとする場合、一定の要件を満たさないと利用が制限されることがあります。
- 含み益の承継: 買い手は、取得した不動産の含み益(帳簿価格と時価の差額)も引き継ぐため、将来その不動産を売却する際に大きな売却益が発生し、多額の法人税を支払うことになります。
対策:
- 税理士による事前シミュレーション: 会社分割のスキームや、譲渡対象となる会社の過去の税務処理、不動産の帳簿価格と時価などを税理士に詳細に分析してもらい、税制適格要件の充足可能性や、発生しうる税金の種類と金額を事前に把握することが不可欠です。
- 税務デューデリジェンス: 対象会社の過去の税務申告状況や税務リスクを詳細に調査し、潜在的な税務リスクを洗い出します。
- 契約書への税務リスクに関する記載: 税務リスクが顕在化した場合の負担者や補償について、契約書に明確に定めておくことで、将来のトラブルを回避します。
4. 従業員・取引先との関係性に関するリスク(買い手側)
会社を丸ごと引き継ぐM&Aでは、不動産以外の事業や関係性も承継するため、従業員や主要取引先との関係性にも注意が必要です。
- 従業員の離反・モチベーション低下: M&Aに対する不安や、新たな経営方針への不満から、優秀な人材が流出する可能性があります。
- チェンジオブコントロール(COC)条項: 取引契約書に、会社の支配権の変更があった場合に契約を解除できる旨の条項(COC条項)が含まれていることがあります。これにより、重要な取引先との関係が途絶えるリスクがあります。
対策:
- PMI(Post Merger Integration)の計画: M&A成立後の組織・業務統合計画を早期に策定し、従業員への丁寧な説明やコミュニケーションを徹底することで、不安を解消し、モチベーション維持に努めます。
- COC条項の確認と交渉: デューデリジェンスの際に契約書のCOC条項の有無を確認し、もしあれば事前に取引先と交渉して理解を求めたり、必要に応じて契約条件を見直したりします。
5. 株式評価・価格決定のリスク(売り手・買い手双方)
不動産M&Aでは、単に不動産自体の価値だけでなく、会社全体の事業価値や財務状況、将来性なども総合的に考慮して株式価値を評価するため、そのプロセスは複雑です。
- 評価のずれ: 売り手と買い手で評価方法や前提条件が異なるため、提示価格に大きな乖離が生じることがあります。
- 不採算事業の存在: 不動産以外の事業が不採算である場合、その評価が全体の価値を押し下げることがあります。
対策:
- 専門家による企業価値評価: M&A仲介会社や会計事務所などの専門家に企業価値評価を依頼し、客観的な評価基準を設定することで、価格交渉の妥当性を高めます。
- 複数評価手法の併用: DCF法(ディスカウンテッド・キャッシュフロー法)、類似会社比較法、純資産法など、複数の評価手法を組み合わせることで、多角的に価値を判断し、より納得感のある価格を見出します。
- 価格交渉の戦略: デューデリジェンスで判明したリスクや、将来の成長性などを踏まえ、論理的な根拠に基づいた価格交渉を行います。
6. M&A手続きの複雑性・長期化のリスク
会社分割やM&Aの手続きは、法律、会計、税務が複雑に絡み合うため、専門知識なしに進めることは困難であり、完了までに時間を要することが一般的です。
- 手続きの遅延: 必要な許認可の取得、株主総会の承認、債権者保護手続きなどに時間がかかり、当初の計画通りに進まない可能性があります。
- 専門家コスト: 多くの専門家(弁護士、税理士、公認会計士など)を起用するため、費用が高額になることがあります。
対策:
- 経験豊富なM&A専門家チームの組成: M&A仲介会社をはじめ、弁護士、公認会計士、税理士など、各分野の専門家を早期に巻き込み、チームとして連携してプロジェクトを進めることが成功への近道です。
- ロードマップの策定と進捗管理: M&Aの全プロセスを見える化し、各ステップのタスク、担当者、期限を明確にしたロードマップを作成し、定期的に進捗を確認・管理することで、スムーズな進行を促します。
不動産M&Aは、通常の不動産取引では得られない税務上のメリットや、市場に出回らない物件の取得機会など、多くのメリットを享受できる可能性を秘めています。しかし、その一方で、上記のような多岐にわたるリスクが存在することも事実です。これらのリスクを事前に特定し、適切な対策を講じることで、貴社の不動産M&Aを成功へと導くことができるでしょう。
M&Aの検討段階から専門家にご相談いただくことを強くお勧めします。
投稿者プロフィール

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アドバイザー
神戸学院大学卒業後、大手不動産会社で東京勤務、不動産仲介業務にあたる。
その後、実家の不動産会社で勤務した後に独立、不動産仲介業務を行う。
宅地建物取引士 / 管理業務主任者 / 行政書士
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