近年、健全な不動産投資や事業承継が求められる中で、過去に一部で流行した投資手法の是非が改めて問われています。その一つが「一物件一法人スキーム」、別名「多法人スキーム」です。

本コラムでは、このスキームがどのようなものであったか、なぜ現在ではほとんど推奨されないのか、そして、より安全で確実な出口戦略としての不動産M&A(事業譲渡・株式譲渡)について解説します。


1. 「一物件一法人スキーム」とは?

「一物件一法人スキーム」とは、不動産投資家が物件を購入するたびに、その物件を所有・管理するためだけの新しい法人を設立するという手法です。

流行した時期

このスキームが特に広まったのは、2010年代の中盤から後半にかけてです。当時の低金利環境と不動産投資ブームを背景に、一部のコンサルタントや金融機関の緩い審査基準を利用し、短期間で大規模な投資を実現しようとする投資家の間で流行しました。


2. 当時認識されていたメリットとリスク

この手法が支持された背景には、投資家にとって魅力的に映るいくつかの「メリット」が存在しました。しかし、その裏側には重大な「リスク」が潜んでいました。

📈 メリット(当時の認識)

  1. 融資枠の拡大(最大の目的)
    • 個人名義では信用情報に融資残高が記録されるため、借入額に限界が生じます。
    • 複数の法人で融資を受け、他の法人の借入状況を金融機関に申告しないことで、個人の与信枠を超えて事実上無制限に資金調達を拡大できるとされました。
  2. 税制上のメリット
    • 不動産所得が一定額を超えると、個人よりも法人の方が実効税率が低くなるため、節税効果が期待できました。
  3. 消費税還付
    • 新設法人で物件を購入し、特定の手続きを行うことで、建物の購入時に支払った消費税の還付を受けられることがありました。

📉 重大なリスク(当時から存在)

  1. 期限の利益の喪失リスク
    • 金融機関との融資契約には、通常「他の借入の有無」に関する規定があります。他の法人名義の借入を隠して融資を受けることは契約違反にあたり、発覚した場合に融資金の全額一括返済を求められる最大の原因となります。
  2. 詐欺行為とされる危険性
    • 意図的に事実を偽って融資を引き出す行為は、金融機関から詐欺的な行為と見なされ、訴訟などの法的なトラブルに発展する可能性がありました。
  3. 管理の煩雑さ
    • 物件数だけ法人を設立するため、各法人の税務申告登記更新銀行口座管理などの事務手続きが非常に煩雑になり、多大な労力とコストが発生しました。

3. なぜ現在ではほとんど推奨されないのか

結論から申し上げると、「一物件一法人スキーム」は現在、不動産投資戦略としてほとんど推奨されません。

その背景には、主に以下の2つの大きな変化があります。

1. 金融機関の審査厳格化と情報連携強化

2018年頃に起きた大手金融機関を巡る不祥事などを受けて、金融庁は不動産融資に対する監督を大幅に強化しました。

  • 全容把握の義務化:金融機関は、連帯保証人である投資家(オーナー)のすべての法人名義の借入を含めた負債総額を正確に把握するよう厳しく求められています。
  • 情報開示の徹底:現在は、融資審査において、すべての関連法人や借入情報を開示することが実質的に必須となっています。事実を隠蔽して融資を受けることは不可能に近い状況です。

2. リスクとリターンのバランスの崩壊

上記のような背景から、現在このスキームを導入しても、「融資枠の拡大」という最大のメリットは享受できず、リスクだけが残ってしまいます。また、手間のかかる煩雑な法人の管理と、発覚時の信用失墜リスクを考えると、総合的に見て賢明な投資手法とは言えません。


4. 健全な出口戦略:不動産M&Aによる売却をご提案

過去に「一物件一法人スキーム」を用いて不動産投資を進めてしまったオーナー様にとって、現在最も賢明で安全な出口戦略の一つが不動産M&Aです。

複数の法人で所有している物件群を整理し、一括で売却することで、以下のメリットがあります。

✅ スキーム整理のメリット

  1. 事業承継として売却
    • 物件単体ではなく、法人ごと(株式譲渡または事業譲渡)で売却することで、複数の物件をまとめてスムーズに買い手に引き継ぐことができます。
  2. 売却益の最大化
    • 特に株式譲渡の場合、物件を売却(法人から個人へ配当)するよりも、税制上有利になるケースが多く、手取りを最大化できる可能性があります。
  3. 早期のリスク回避
    • 問題となり得る複雑な融資スキームを持つ法人を売却し、健全な形で事業から撤退することで、将来的な一括返済リスクなどから解放されます。

不動産M&Aパートナーズ株式会社では、複雑なスキームで保有されている不動産事業であっても、オーナー様にとって最適な売却戦略を立案し、安全かつ高値での売却をサポートいたします。現状の保有状況に不安をお持ちの方は、ぜひ一度ご相談ください。

投稿者プロフィール

井上 貴文
井上 貴文
代表取締役 CEO
滋賀大学卒業後、大手メガバンクを経て地方銀行で支店長、本店営業第一部長、法人業務部長兼地方創生支援室長等を歴任、退職後に不動産保有法人を設立、M&Aによる売却と購入を経験。
神戸大学大学院経営学研究科修了(MBA)
神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)
専門は中小企業金融 / 日本金融学会会員 / 宅地建物取引士